夏の味方!扇風機

夏の味方!扇風機

毎日暑い日が続いていますね。こんな日にはついついエアコンをつけてしまいますが、エアコンって電気代もかかるし部屋の中が冷えすぎてしまうこともしばしばあります。かといってエアコンなしでは近年の猛暑は乗り切れませんよね。そこでお勧めしたいのが扇風機です。扇風機は日本の夏には欠かせないアイテムですね。子供のころ、だれもが扇風機に向かって「あ゙あ゙あ゙ーーー」とやったことでしょう。扇風機はエアコンほどは涼しくなりませんが、熱中症対策には十分な威力がありますし、身体にも優しいのです。そしてさらにうれしいのが、電気代がエアコンの10分の1で済むというところ!お財布にも環境にもエコな扇風機を徹底解明していきます!

扇風機について

扇風機は、開店する羽根によって風を発生させる冷房機器です。一般に扇風機といった場合には、「電気扇風機」のことを指しています。現在では様々な形状の扇風機があるため、製品安全行政においては「室内の空気を攪拌するもの」としています。「換気扇は屋外と屋内の間に取り付けられているもの」で、さらに「送風機はダクトなどの中に取り付けられて、空気を送風するもの」としています。主に夏の暑い日に使用するのは電気扇風機で、モーターによってプロペラファンを回転させ、風を発生させる仕組みになっています。世界初の電気扇風機は、19世紀後半、モーターの発明とほぼ同時期に米国で発売開始されました。直流に執着し、直流による発送電を行っていたトーマス・エジソンは直流モーターの扇風機を発売しますが、交流発送電が主流になるにつれて、扇風機の主流も交流式となりました。2013年現在、電気消費効率の良いブラシレス直流モーターを採用した扇風機が多数登場しています。日本ではゼネラル・エレクトリックの技術で東芝の前身である芝浦製作所ふが1894年に発売したものが最初でした。本体に電球を備え付け、スイッチを入れるとプロペラが回るととともに電球が点灯するというものでした。また川崎重工業の前身である川崎造船所は、左右だけでなく上下の首振りも同時にする、2軸リンクの扇風機を発表しました。扇風機は家屋や店、鉄道車両の室内などで広く利用され、夏の風物詩の一つでもありました。しかし、低価格化したエアコンが普及した現代では、それに取って代わられつつあります。一方で、扇風機には窓を開放した状態でも使用できる、エアコンに比べ設置場所を選ばず移動が簡便、本体価格・電気料金ともに安価であるなどの利点があるほか、室内の空気を攪拌し冷暖房を補助する「エアサーキューレーター」としても使われることがあります。近年は電池駆動の携帯型扇風機も見られます。100円ショップなどでも入手でき、マニキュアやネイルの乾燥にも便利だと人気です。2011年には、3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震及び東京電力・福島第一原子力発電所での事故による電力危機で、初夏以降、日本国内各地でエアコンより省エネの扇風機の需要が急増し、品薄状態となりました。

扇風機の構造

ごく一般的な電気扇風機は、プロペラファンが2枚ないし3枚付いています。直線で構成できる2枚の他は、長らく3枚羽根が主流だったのですが、近年では効率化の観点から5枚羽根のものも多く出回っています。これは、正三角形、正五角形のように、対角線が一筆書きになる図形を基にした放射線の方が、図面上配列を均一にしやすく、また成型時に中心を取りやすく、或いは工作精度の限界による図形上の中心と重量上の中心のズレが発生しても偏回転を起こしにくく、設計・製造の両面で有利だったためなのだそうです。これに対して、4枚・6枚と言った偶数のものは、同様の理由から少数派となっています。4枚は普及黎明の商品に見かけることがありますが、金属プレス加工やプラスチック一体成型のプロペラが主流になるにしたがって姿を消していきました。唯一、東芝だけがプラスチック一体成型のプロペラ全盛期に至っても一貫して4枚羽根を採用し続けてきました。東芝は現在も家庭用扇風機の開発・生産を独自に行っており、ごく一般に購入することが可能です。また、主に東急車輛製造製の鉄道車両のオート扇に4枚扇風機が見られるのは、東芝が同社に電装品を納入している関係によります。また、2011年に東芝は7枚羽根の扇風機の販売も始めました。なお、羽根のない扇風機も存在します。羽根には巻き込み防止のガード部が付いています。ガード部分は、前後面ともに中心から放射状に骨が貼られているのが主流ですが、乳幼児などの指が入らないように目を細かく菱型格子状に設計している商品もあります。また、ガード部にかぶせる網目状のネットも市販されています。

扇風機の機能

風量が段階式になっているものが多く、微風、弱風、中風、強風などを選ぶことが出来ます。また、強弱をつける「リズム風」の機能をもつものもあります。タイマー機能があるものも多く、切タイマーと入タイマーが付いています。首振りは本体後部の突起を押し込むことで首振りになるものが一般的ですが、児童の首振り機能を有するものもあり、首振り角度まで調整することも可能です。角度は仰角から俯角まで調整できるものがほとんどです。また、支持部が上下に伸縮するため、適度なところに調節できます。また、リモコンが付属しているものもあり、遠隔操作も可能です。

扇風機の規格

日本工業規格の「扇風機」は、千富貴の形状・性能・安全基準・試験方法などについてが企画化されています。扇風機の形状により、卓上用・座敷用・床上用・壁掛け用・天井吊り下げ首振り形の5種類がまず定義されています。座敷用と床上用はともに床置き型ですが、首の高さ調節機構による最大高さが1.3メートル未満のものを座敷用、それ以上のものを床上用としています。このほか、「扇風機前方の風速分布が同心円状とは大きく異なる」ものを特殊形としています。羽根の大きさは直径20・25・30・35・40センチメートルの5種類が定義されています。各大きさによる風速・風量の最大およびその状態での消費電力の最大は以下の通りです。測定方法や条件、測定値の許容範囲などは規格によります。

  • 20㎝・・・風速115m/min以上、風量12.5立法メートル/min以上、消費電力35W以下
  • 25㎝・・・風速145m/min以上、風量18立法メートル/min以上、消費電力50W以下
  • 30㎝・・・風速170m/min以上、風量28立法メートル/min以上、消費電力65W以下
  • 35㎝・・・風速190m/min以上、風量38立法メートル/min以上、消費電力80W以下
  • 40㎝・・・風速205m/min以上、風量54立法メートル/min以上、消費電力100W以下

冷房は必要?

冷房とは、読んで字のごとく、室内の空気を冷やすことを言います。一般的には空気調和設備などにより、冷風を送るなどして室温を下げたり、外気温度が室内の温度よりも低い場合には外気を積極的に取り入れて外気冷房を行ったりして室温を下げます。日本においては毎年6月下旬から9月中旬あたりまで必要とされています。では、なぜ冷房が必要なのでしょうか。それはただ単に暑くて不快だからという理由だけではありません。人間の体は体感温度が体温以上になると、行動が緩慢になり、判断力が鈍り、最終的には脱水症状を起こして死に至る性質を持っています。近代になって冷房が誕生するまでは、太陽から発せられる輻射放射熱は人の活動範囲を制限し、時には命を奪いました。人は暑さから逃れるためにある時は物陰に隠れ、ある時は涼を求めるために木陰で休息し、またある時は日傘などの覆いを用いて直射日光を避けて暮らしました。時には水の気化熱により周辺気温が低くなる海辺や川辺などの水辺に集い、水浴びなどして暑さから逃れる方法を動物から学び、実践しました。また、緯度や高度が異なる涼しい避暑地に転地して暑さを避けるなどの工夫も行われました。氷を人工的に作ることが出来なかった時代は、緯度により降雪のある地域では根雪が固まった氷や雪を自然に出来た洞穴や鍾乳洞などを利用して氷室(ひむろ)とし、夏季まで保存して涼を取るために用いました。このように古くから人間は暑さへの対策を取ってきたのです。現代では氷や水浴び程度では熱中症を防げない位まで気温が高くなっており、冷房は命を守るという点でも必要不可欠な物となっています。

冷房の歴史

原始時代、人は自由に扱えないながらも火を持ったことで暖を取ることができるようになり、地球的規模で活動範囲を広くすることができるようになりました。しかし暑さから逃れるには自然の日影や風を地用した天然冷房に頼るしかなく、日本では鎌倉時代末期の随筆家で詩人の兼好法師の随筆「徒然草」の一説「住まいは夏を旨とすべし」にあるように暑さには抗いようがありませんでした。ルネサンス期に入ると、冷房の原型の一つとして水車を動力とする換気扇が、天才と呼ばれるレオナルド・ダ・ヴィンチにより発明されました。換気扇は空気を強制的に移動させることで人工的に風を作ることが出来ます。大気には密度があり濃い濃度から低い濃度へと拡散する性質があります。空気は流れるときに周辺温度を吸収する一方で、すき間などを通過する際には温度を奪われます。人体の感覚で、風に当たり涼しいと感じるのは空気が体表面の熱を奪っていくからなのです。換気扇は現代では動力こそ水車から電気に代わっていますが、その機能は現代においても欠かせない代表的な空気調和機器の一つとして人々の生活に根付いています。しかし、人が人工的に涼を取る術を手に入れるまでには、そこから更に長い年月を要します。レオナルド・ダ・ヴィンチの時代から数百年を経た1902年、電機メーカー「キヤリア」の創始者であるウィリス・キャリアが世界初のエア・コンディショナーを発明しました。彼は更に数年間改良と実地試験を重ね、1906年には特許を取得しています。後に彼は「冷房の父」または「空気調和の父」、時には「冷房の王」とも呼ばれました。